リトリーブの難しさは質問の技術にある

 
2月8日~9日は東京リトリーブ応用実践コースの卒業でした。
約半年間の間、切磋琢磨して自分の問題や悩みに向き合い、さらには、セラピー技術取得のために一生懸命に頑張ってきたメンバーには、ほんとに頑張ってきたことを褒めて卒業を心からお祝いしたいと思います。
 

リトリーブ応用実践コースとは?
リトリーブ基礎コースを卒業したのちにもっとリトリーブの心理を深く学びたい方のためのコースであります。
基礎コースは自分との対話であり向き合い問題解決に集中するのですが、この応用コースでは、リトリーブサイコセラピーの技術と理論を習得し、対人にセッションができるようになることと、自分自身の成長レベルを劇的に引き上げること、を目的としています。
心理セラピストや心理カウンセラーを目指す方や対人関係スキルを磨きたい方には最適のコースとなっています。

卒業後にはカウンセラーや心理セラピストへの道に進んだり、職場でのリーダーとして部下との関わりの中で、リトリーブサイコセラピーの質問の技術をフルに活用して、仕事を円滑に進めたり、看護師や介護職や教師や経営者など人と関わる現場でも大変役に立つ技術です。
 
 
でも習得はひじょーーに難しい。。。
最低でも1年以上はかかります。とくに難しいのはこれ。
 
質問の技術ですね。

これは非常に難しいのです。

リトリーブサイコセラピーが非常に難しいとよくいわれるのは、この質問の技術の難しさにあるといっても過言ではありません。

心理カウンセラーや心理セラピストは「共感」だけすればいい?

 
日本人はそもそも人に質問する、ということに慣れていません。
 
人の話を聞いて相手を理解する、ことは、ただ否定せずにうんうんと聞くことなんだ、という意味に捉えてる方が非常に多いのですね。
うんうん、とよくうなづくことで共感することが大事だと、巷のカウンセリングスクールではよく教えています。

確かに共感することも最初の時点では大事です。特にたくさんのトラウマを抱えて大きな傷をたくさん負っている人には、よくそんな状況を生き延びてきましたね、頑張ってこられましたね、もう頑張らなくていいですよ、という寄り添いは非常に重要です。

人は共感されて、気持ちに寄り添ってもらえて、受容されて、わかってもらえるとしても癒されるし、とても嬉しいものです。
また聞いてもらいたいと思う事でしょう。

ただ、ですね。気を付けなければならないことがあります。
最初はそれでよくても、その「共感」と「寄り添い」がずっとずっと続くと何が起きるか?というと、、これです。

カウンセラーとクライアントの間に、共依存関係が成立しやすくなってしまうのです。
この人が私にとって特別の人だと思い始めたら、もういろんな未完了の想いをカウンセラーに投影しては、「自分のすべてをもっとわかってほしい」という強い幼児的自己愛的な欲求に変化してきます。

ここまで来たら、もうカウンセラーは疲弊し、クライアントとの関係に巻き込まれてしまいついにはこの仕事を辞してしまうでしょう。
能力のある心理カウンセラーがクライアントによる、依存から攻撃、理想化されてから反転してのこきおろし、嫌がらせなどに遭い、ついには人を信用できなくなり、自分を責めてうつになり、人が嫌いになってしまう、というたくさんのそのようなケースを見てきました。

 

心理カウンセラーや心理セラピストに必須な「深掘り」のスキル

共感すること、わかってあげようとすること、は大事です。
この点については、非常に重要ですが、もう一歩踏み込んで、この人自身の問題に本気で気づかせてあげることができなければ、ただの依存関係の投影を起こされて、クライアントの親代わりの役目を負い攻撃対象にされてしまうだけです。

共感され、感情に寄り添ってもらえて、受容される体験は重要です。しかし、問題解決という視点からみれば、共感されるだけでは本人の目の前から問題はなくなりません。共感されて癒されたとしても問題は目の前から消えないのです。

心理セラピストは心理カウンセラーとは違い、もう一歩ぐっと奥に踏み込んで「悩み・問題解決」に焦点を当てます。

表層の悩みがどこに繋がっているのか?
この人の持っている真の問題はどこにあるのか?
何を感じることを避けているのか?
どんな感情を感じないようにして自分を守っているのか?
この人の問題を持つことによって得られる利得、メリットは何か?
どうしたらどうなったら解決だと思うのか?

これらを深く深く掘り下げること、をリトリーブでは質問「掘り」と呼んでいます。
たとえばこんな感じです。

先日の応用コースでの成果発表会でも出ましたが、ある一人の方を掘り進めたケースです。しかし、とても難しいテーマでした。主訴の悩みは「目の前の洗濯物を片付けようとすると震えがでてくる」というテーマだったんですね。このようなテーマが出てくると非常に質問は難しくなりますが、メンバーのひとりが見事に掘り進めました。

じつはこの「洗濯物が散らかる状態」はあることを指していたんですね。それは「関わり」でした。
母親は子どもに無関心で実家の母親しか目に見えていないので、いつも子育ては上の空。でもこの人は「なんとかして母親を自分に振り向かせる」ためにあることをやっていたのです。それが、散らかす、などの親の嫌がる行為をすることで、母親の関心を自分に向けさせていました。それが「関わり方」であり、親の視線をもらうためのアクションであり、コミュニケーションのひとつの方法だったのです。

しかし、それがおそらくは母親の逆鱗に触れ、叩かれたり、暴言を投げつけられたりしたこともあったことでしょう。だから「関心をむけてもらう」と同時に「暴言・暴力を受ける」こととセットになっていたのかもしれません。だから洗濯物を片付けようとすると「震え」がきていたのかもしれないですね。

このように真の問題にアクセスすれば、あとは問題解決へ向かう方向性が決まるので、解決は早くなります。
そのためにリトリーブでは、この奥に深く掘り進む形で質問をしていきます。カウンセリングで話を聞くだけ、だとこうはなりません。
質問は問題解決にとって非常に重要で習得すべき技術なのです。

質問ができる人は最終的に愛されて得する人である

日本人はほんとに相手に質問するのが下手だと思いますね。
慣れていないせいなのか、それとも相手に質問するのは失礼だと思っているのでしょうか?

相手の事に好奇心を持って質問するとじつはとても人間関係がよくなるし、ありとあらゆる点で、将来の人間関係や恋愛、結婚、仕事などにも良い影響を得ることができますし、そもそもコミュニケーションがうまい人は何においても愛されるし、お得です。

 
 
2年ほど前の2月上旬に、箱根神社に行った時の事です。
午後から向かったので参拝したのはもう夕方4時を過ぎていました。
 
とても寒い日だったのでカフェに立ち寄り、コーヒーを一杯いただいて店をでてそのまま湯本温泉に行こうと車を出したら、夕暮れの寒い中に二人の男の子が立っています。
 
ヒッチハイカーでした。
ボードには「湯本へ」と書かれています。
 
ああ、湯本に行くからいいか。
 
寒そうに凍えて立っているその二人を見て見ぬ振りが出来ずに乗せてそのまま湯本まで峠越えしました。
 
 
その車中でひとりの高校生は私にたくさんの質問をなげかけてきました。
 
どんな仕事ですか?
僕も将来起業したいんです。
好きなことってどうしたら見つかるんですか?
ぼくはわからないんです。
起業ってどうやったらいいんですか?
どんな勉強すればいいんですか?
セミナーって怪しくないんですか?
お金ってどうやって稼ぐんですか?
仕事って楽しいものなんですか?
何年その仕事をやっているんですか?
 
 
他にもたくさんたくさんの質問をしてくるので、私もそれに応えながら、その彼に対してどんどん質問しました。
 
 
どうしてこんな山の中でヒッチハイクしてんだ?
君たちいったいどこから来たの?
どのくらい待ってたの?
どんな人が箱根まで連れてってくれた?
なんで急にヒッチハイクしようとしたの?
ヒッチハイクして良かった?楽しい?
どこの大学に行きたいんだ?
何を学びたい?
将来どういう自分になりたいんだ?
起業したいのはなぜ?
仕事することで何を得たい?
どんなことをしてみたい?
 
どうでしょうか。
まるでカウンセリングですよね。(笑)
 
お互い質問し合いながらあっという間に湯本に到着。
私はこの二人の学生と別れて数百メートル先の温泉に行ったのですが。。(笑)
 
楽しかったのはいうまでもないんですが、ちょっと気になったのは、もう一人の男の子。
この子はとうとう最後まで、まっっったく一言も話さなかったのです。
この二人はとても対照的でした。
 
よく質問していた子は、将来きっと起業して挫折も経験するでしょうが素直に学び、人の応援を受けやすいので、結果的には成功するだろうと思います。もう一方の子はまったく質問しないし言葉をほとんど発しませんでした。
まあ引っ込み思案だったのかもしれませんが、相手に対して興味を持っていないし好奇心があまり旺盛ではないのかもしれません。

質問力を鍛える秘訣とは何か?

この質問しない、質問ができないという人は日本人はわりと多いのですね。
 
心理セラピストのトレーニングでも、回避傾向の人は質問がスラスラ出てくるまでに1年以上もかかったりします。
とくに他人と関わるのがおっくうで、そもそも人がコワイし、ひっこみ思案で人と積極的に関わるよりも、むしろ人との関わりをなるべく回避して生きてきた人は、まったく質問がでてきません。
 
回避は人生で損をする場合が非常に多いと感じます。
 
会話は一方通行になりがちだし、ふーんと聞いてるけども、なにも質問もしてこない、そんな人だと、こちらの話しも通じているのか?通じていないのか?もわからず、相手との会話も弾まないし、距離も遠いままでは、なかなか会話も進まないですよね。
 
そのうちこの人といてもつまらない、と相手も近づいてこなくなります。
でもこれはそもそも育った家族などの成育環境から来ているものなのでなかなか変わるのは難しいんです。
 
 
でもねーじつは、、質問が上手になるコツがあります。
 

質問上手は人生で得をする、その理由

 
それは単純なこと。
 
あえて、、、あえて!
相手がどんな人か?興味を持つこと
相手になぜ?と疑問を持つこと、
相手にどんな人?と関心を持つこと、
相手は何を感じてる?のか
想像してみること、
相手の考えを知ろうとすること。
 
 
要するに質問上手になるためには
相手のことに関心を持って相手の事を知りたい!と思うことなんですよね。
単純に目の前の相手に興味や関心がないという人は言葉が出てこなくて当たり前なんですよ。
 
 
だからこの人はどんな人なんだろう?と思いつつ質問をするクセをつけると、普段から人との周りとのコミュニケーションが良くなるだけではなく、人からの応援も得やすくなりますから、人生のあらゆる場面で愛される人になるし、成功を得やすいでしょう。

よく愛されたい、承認されたい、わかってほしい、という自分の欲求ばかりの人が昨今多いのですが、そもそも人に興味や関心を持っていない人が多いのです。自分、自分、自分、ばかりの人は愛されないですよね。コミュニケーションが受け身の人は気を付けなければならないと思います。愛されたかったら他人に関心を持つこと、これ重要です。

 
だから、質問ってわからない、質問ってしたことない、どういう風にすればいいかわからない、という人は意識して、普段の生活から質問を中心にした会話を心がけてみるといいんです。たとえば、家族でも友人でもいいし、子どもや仕事の同僚でもいいでしょう。

私はこうなの、こんなことがあったのー!と自分のことを話すのもいいのですが、相手にも質問してみる、ということに意識を持っていくと見違えるほど相手との関係がよくなりますよ。
 
ちなみに私は地方出張するとよく、タクシーの運転手からほんとはダメなんだけど、、といいつつ渋滞時のチャージをオフにしてくれたり、アメをもらったり、役に立つ情報をもらったりと、親切にされる確立が高いと感じていますが、、それはよく運転手さんに話しかけて質問するからなんじゃないか?と思います。(笑)
 
質問されると相手はうれしいもので、自分の知っていることを話したいものだし、それについてさらに質問してきたら、もっといい話しを教えてあげようとするものです。
 
なので、質問上手は人生で得をする!機会が圧倒的に多いと私は思います。
 
 
そのためにはふだんから目の前の相手に関心を持ちましょう。
疑問を持つ習慣をつけましょう。
 
ということです。
 
 
今日はセラピストトレーニングの話しから、質問の重要性について書いてみました。
それではまた。

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